Wednesday, May 4, 2011

Excerpt from short story entitled "Answer", by Konno Oyuki

今野緒雪に書けた[Answer]という話


小笠原祥子は、怪獣に似ている。

大きい手提げ袋を肩から提げて黙々と歩く姿が、箱庭のような街を壊して歩く、特撮ものの怪獣の姿とどうしてか重なって見えるのだ。

いつも何かに怒っている。

見えない何かと戦っている。

戦う相手は、今日の前にある何かではないことは、たぶん重々承知の上で。

自分の存在を持てあましている。

この世界に順応できずにもがいている。

怪獣が歩くたびに、街は壊れる。

けれど、傷ついているのは行き場のない怪獣の方なのかかもしれない。

怪獣には、そんな哀愁がある。

リリアン女学園高等部一年、小笠原祥子もまた。




「蓉子、決めた?」
背後からロサキネンシスさまが尋ねる。

「……何のことでしょう?お姉さま」
蓉子は、お茶をいれる手を休めずに答えた。だから、もちろん振り返りもしなかった。

「何愛げない子ね」
お姉さまは笑った。

「『何のことでしょう』の前の『……』が、物語っていたわよ。何のことかわかっています、って」

「恐れ入ります」

言いながら、蓉子はティポットからカップへとダージリンを注いだ。やわらかい香りのついた湯気が、ふわりと身体を包み込む。

まったく修行が足りない。気を取り直すように、一度深呼吸をした。

「プティソール(妹)のことですか」

放課後の薔薇の館。テーブルへと運んだカップは三つ。ロサキネンシスさまと蓉子と、そして――。

「何か一つ、わかりやすい特徴がある子にしてよ、蓉子ちゃん。これ、私からのリクエスト」

ロサギガンティアさま。佐藤聖のお姉さまだ。

「わかりやすい特徴、ですか?」

「例えば、すっごく背が高いことか、お相撲さんみたいにふくよかな子とか、ガマガエルみたいな声の子とか、チリチリの天然パーマのことか」

「バタくさい顔とか?」

蓉子が言うと、ロサギガンティアさまは「その通り」と愉快そうにか肩を揺すった。

「何の某と名前を言われるより、ほらあの男の子みたいな子、って言ってもらった方がピンとくるじゃない」

「ああ、支倉令のことね」

ロサキネンシスさまの口から出たのは、新一年生の名前だった。ベリーショートヘアに涼しげな頭立ちで、一見美少年に見えなくもない。ロサフエティダのアンブウトン(つぼみ)である鳥居江利子が気に入っているらしいから、顔と、剣道部に在籍しているという情報くらいは知っていた。

「江利子ちゃんらしいわ。いいところに目を付けた。」

「私たちだけじゃなく、ロサフエティダさままでノーチェックだったそうじゃない?」

「ありきたりな枠内に収まるような江利子ちゃんじゃないものね。今日はロサフエティダさまと一緒に、剣道部の練習を見に言ってるらしいわよ。で、少し遅れます、って」

「わざわざ、お姉さま連れで?」

「剣道部の二年生部員に圧力かけているのよ。支倉令はすでに黄薔薇ファミリーが芽を付けているんだ、って。部活の先輩後輩でスール(姉妹)になるパターンは多いからね」

「なーる……」

このまま黄薔薇ファミリーのプティソール(妹)問題は片づきそうだ、と会話を締めくくって、ロサキネンシスさまとロサギガンティア様はお茶をすすった。うらやましいことね、と。

まだ新入生が入ってきて一月も経っていない、五月の初めだ。だから蓉子本人にしてみればまったく焦りはないのだが、上級生二人にこんな風にチクチクと責められるのはあまり楽しいことではなかった。候補すら見つけていないということなら聖だって同じであるのに、薔薇の館での会合をサッボってばかりいるから、結果蓉子は一人で針のむしろに座らなくてはいけなくなる。

「ということで、次は蓉子ちゃんの番。支倉令に負けないくらい面白い子を、連れてきてちょうだい」

「ロサギガンティアさま、リクエストならご自分の妹にどうぞ」

「聖ね。……あの子に妹が作れるかどうか。自分のことで手一杯って感じじゃない?」

「相変わらず、甘いわね」

ロサキネンシスさまが、非難するるようにロサギガンティアさまを見た。ロサギガンティアさまの、妹過保護は今に始まったことではない。

「聖を無理に型にはめ込んでご覧なさいな。粉々に壊れちゃうから。そうなったら、床に散らばった先の戸が尖った欠片を、いったい誰が片づけてくれるっていうの」

そういう一種の脅しをちらつかせて、ロサギガンティアさまはこれまで妹を庇い続けてきたのである。蓉子は、片づけくらいならいくらでもしようという気持ちはあるが、佐藤聖という友が傷ついたり壊れたりするのを見たくはなかった。だから、結局ロサギガンティアさまのやり方に従ってしまう。甘いのは一緒。連帯責任なのである。

「何だって、高面倒くさい相手を妹に選んだのかしらね。ロサギガンティア?」

ロサキネンシスさまの言葉に、ロサギガンティアさまは笑った。

「薄いガラス細工の置物を、飾って眺めていたいから」

顔が好きだと言われて、聖はロサギガンティアさまの妹になる決心をした。ある意味、究極の求愛である。

「蓉子ちゃんみたいに実用的な妹のほうが重宝する、ってことは私だってわかっているんだけれどねえ」

「ちなみに、聖ちゃんがガラス細工なら、蓉子は何だと思う?」

「風呂敷」

「その心は」

「用途に合わせて便利に使える。邪魔にならない。壊れない。」

「うまい!座布団二枚」

ロサギガンティアさまは手を叩いた。確かに、言い得て妙。蓉子自身、こんなに自分を喩えるにピッタリの品はないと思われた。

「蓉子の姉としてお願い。できれば、頭に『高級』をつけてやって。ビニールのじゃなくて、布製の。ほら、刺繍とか名前とか入っているやつ」

ロサキネンシスさまのささやかな思いやりには感謝するが、あまり笑われるとフォローも台無しになる。蓉子が複雑な表情でため息をつくと、お姉さまから「忘れていたわ」と一冊のノートが差し出された。

「何です、これは?」

「めぼしい一年生を私たちがリストアップしてみたの。別い、この中から探せとは言わないけれど。参考にはなるでしょう?」

「拝見します」

こういうお節介あ、聖にしようものなら激しく反発するんだろうな。そう思いながら蓉子は、ノートを受け取った。中には二十人ほどの一年生の名前とクラス、そして部活などの簡単なプロフィールが書かれていた。三人の薔薇さますべてノーチェックだったという支倉令は、もちろんこのノートに載っていなかった。
蓉子はノートをパラパラとめくった。しかし顔写真もない一年生の名前をただ眺めてみたところで、「これぞ」と決められるわけがない。

「このノートを参考書として活用するのは、なかなか難しそうです。お姉さま」

「ま、そうでしょうね。あまりノートに頼らないほうがいいわ」

どうやら、面白い半分に作ったらしい。もしくは、蓉子の反応を見て楽しむために。そういう手の込んだ悪戯をする人たちなのである受験勉強で頭を使いすぎた反動だろうか。

「あ」蓉子は、あの一人の生徒のページで目を留めた。

「……怪獣」

「カイジュウ?」

「え、別に」

対、つぶやいてしまったが、もちろんリストの彼女は怪獣ではない。彼女は、ある意味学園内の有名人である。顔写真がなくとも、蓉子も彼女のことは知っていた。

「ああ、小笠原祥子?」

ロサギガンティアさまが、蓉子の手もとを覗きこんで言いた。

「なぜ、彼女のページを斜線で消してあるのです?」

「一応、名前は挙がったけれど、彼女を妹にするのは無理だって判断したので、全員一致でリストから削除したの」

ロサキネンシスさま、ロサギガンティアさま、ロサフェティダさま。三薔薇さまの統一見解というわけだ。
「お金持ちのお嬢様だから扱いにくい、とか?」

小笠原祥子は、大企業の社長令嬢である。

「お金持ちのお嬢様であれ、庶民のお嬢様であれ、一後輩には変わりないわ。まあ、誰を妹にするにせよ、一人の人間ととことん向かい合うことになるのだから、いずれ扱いやすいとか扱いにくいとかを含めて、性格的な問題は出てくるかもしれない。けれど、それはもっと後の話でしょ?」

「では?」

小笠原祥子を削除した理由を尋ねえると、今度はロサキネンシスさまが答えた。

「単純なこと。小笠原祥子には暇がない」

「習い事、ですか?」

蓉子が頭に浮かんだままを口にすると、二人の薔薇さまは少し意外そうに「知ってたの」と言いた。

「登下校の折、何度か鞄以外の大きいな手提げ袋を持っている姿を見たことが」

「何度か、ね」

ロサキネンシスさまがそこの部分を強調下が、蓉子は気づかないふりをして話を続けた。

「でも、部活をしていると思えば―」

支倉令だって、剣道部に在籍しながら江利子の妹になるのだろう。それに若い娘だったら、習い事の一つや二つやっていたっておかしくない。リストアップされた一年生の残りすべてが、習い事をしていないなんて思えなかった。

「部活は毎日ないわよ」

「彼女のなり事は、毎日なんですか」

ロサキネンシスさまはうなずいた。

「喩え毎日でも、それが学校の部活だったら、生徒会との両立もしやすいわ。忙しさに応じて、細かく時間を配分することだって何能だし、極端な話し、同じ敷地内なら言ったり来たりもできる」

けれど下校後の用事であれば、やり繰りのしようもない。そういう事情から、小笠原祥子はリストから削除されたのだ。

「外した理由はそれだけですか」

「それだけよ。でもその一つが、動かしがたい理由じゃないの?」

ロサキネンシスさまはほほえんで、紅茶をすすった。

「わかりました」

蓉子はのーとを閉じた。すると。

「小笠原祥子に、習い事を辞めるよう説得するのはなしよ、蓉子」

顔も上げずに、ロサキネンシスさまが言いた。まるで天気の話でもするように。

「お姉さま……」

やはり適わない。妹が自覚するより先に、お姉さまは気持ちを的確に言い当ててしまった。

「校外のことよ。たかだか学校の一先輩が、立ち入ることではないの」

「じゃあ、どうしたら」

「どうしたら?じゃあ聞くけれど、あなたはどんな状態にしたいと思っているの?」

「どんな、って」

「あなた、小笠原祥子を妹に決めているの?」

「いえ」

「はい」とは言えなかった。しかし、「いいえ」は嘘だった。小笠原祥子が気になる存在であることは間違いないが、だからといってすぐさま「妹」にとは望めなかった。

向かい合うためには、腹を据えなければならない。たぶん、彼女は佐藤聖くらい「面倒くさい相手」になるだろう。習い事よりも、むしろそっちのほうがハードだと思われた。

「それなら、どうもしなくていいことでしょ?関わるのはおやめなさい」

答えられずにいると、重ねて言われた。

「蓉子、返事」

「……はい」

言葉とは裏腹に、ますます小笠原祥子に気持ちが傾いていく自分を、蓉子は正しく理解していた。

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